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認識の仕組みにひっかかりやすいか 科学ライターの話から

こちらと、元のこちらを読んで反応。

サイエンスライターの話なんだけど、リサーチ、まとめ、検証という工程はどんな情報記事でもあるわけだ。

大元の北村さん記事における

「ライターとかサイエンスライターの生産したものとは、”噂として生き残りやすいかどうか”、ということでしかないのですね。」

ってのがまたきつい。噂ってのは流布するもの、口当たりがいいもの、話のタネになるもの。
つまり、知ってから誰かにはなせるとか、役立つとか、使えるってことだよな。

生活のためには精度よりもウケ重視。
それをよしとしないと、賞はもらえても収入がさっぱり。

自分も検証なしで「この新製品は〜〜で〜〜!」なんてナイス提灯なウワサ情報を流したことがあるよな。
振り返れば、雑誌記事のどれくらいが、精度の高い検証に裏付けられてるんだろう。
それをやってるとコストが合わないってのは、ライター個人でもさることながら出版、メディア全体でも同じなんだろう。

個人としては、ひとつ前の「主語の担保」だよ。
一介のライターに名前は合っても個性はない。
だから、苦情や情報の担保は編集部へ。ここに(笑)をつけようか迷ったりして。

なんてのは冗談で(どっちやねん)。

引き受ける覚悟がない自分は、「噂」を書く人格を持ちたいと思った。
ペンネーム作ろうかしら。お調子者的なやつをひとつ。

それは逃避だなぁ。

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