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商いに「文学」を

「俺に似たひと」「小商いのすすめ」(平川克美)刊行記念で開催されるトークショーがあるよ、と誘われて聴講。
まじめだ!

「俺に似たひと」は実父の介護の話。(先々週ブログで記録してた)
「小商いのすすめ」は、拡大できないことは確定だから縮小均衡を考えようぜという本。
どちらも作者の実人生を踏まえた戦後日本のお話。

気づいたら縮小だといわれてしまう世代にしたら困った話なんだけどそれが現実で、いつの時代だって目に見えるリスクや見えない不安はあったんだろうな(と思いたい。高度成長期も世界戦争の不安はあったんじゃないか)
しかし、縮小させつつ安定を図るって、ボードゲーム中盤にコケて最後に少しでも勝利点稼ごうみたいな状態か。
問題はゲームと違って最終ラウンドで国や人生が終われないことだけど。
膨らんだ経済を顔の見える小商いの集合体に…できるんだそうか。

結局、大商いの皿の上での小商いが吉だろう。誰だってそうしたい。
とかなんとか、小賢しい理屈、ロジックで整理しようというのは「文学のない」言葉の使い方で、即効性がありそうで役に立たないらしい。先生、手厳しい。(消毒して自己再生力まで奪うようなもんかね)

一義的じゃない、ロジックじゃない言葉は広く流通しにくいんだが、それは枠組み(共同体ですか)があればヨロシイ、と。
グローバリズムでシンプル化(一義的なものばかりに)する世の中に付き合うよりも、顔が見える、呼吸が伝わる範囲の国民経済を大事にしようぜ……と。

三権の現場はもちろん、仕事でもなんでも一義的な言葉や意味に落とし込む場面は大なり小なり必ずあるわけだが、それを引き受けられるのが「大人」なんだろう。

先の「あんぽん」「国防論」にも通じる感想なんだが、自分が属している世界をどこで区切るかで考えは変わるだろね。

以下、ほかに読んだの。


「われ敗れたり」(米長邦雄)
対人とまったく違う将棋になってしまうコンピュータ戦「電王戦」の裏側。
コンピュータは「ただ単に強い」んじゃなくて「棋譜を知り尽くして最善手を探すから強い」。
終盤に詰将棋のようになったら強いけど、基本的には状況に対して受け身なんだね。
その違いを踏まえて勝つために永世棋聖が泥臭く準備し、おのれを捨てた一手にこだわる。
ボンクラーズ(将棋コンピュータの名前)は、所詮ひとが歩いたことがある道を辿るだけなんだよ! クワッ!
などと人間礼讃したくなった。将棋くわしくないけど楽しめた。
来年はボンクラーズも「6二玉」を研究してくるだろうか。
それってコンピュータ戦の棋譜が(現段階では米長邦雄しか知らない)蓄積されないといけない。
なるほど、空前絶後の一局だったんだなぁ。

「乱鴉の饗宴」上巻(ジョージ・R・R・マーティン)
「氷と炎の歌」4部。4部から訳者が変わって人名はじめ用語が変わっている部分がある。
1部の新版が出るそうだけど、新用語のほうで統一されるんだろうね。
大河ドラマの途中なのでなんともかんともだけど、女性が強い。
サーセイ無双に疲れがでてきたところでアシャやブリエンヌが頑張る。男が戦争と政争でバタバタ死傷していくからな

「マンガ世界の偉人 モーツァルト」
モーツァルトって独立系音楽家の先駆けだったけど仕事の質と量の割に金回りが良くなくて早死にって、著作権って大事だね、と思った。

「BRUTUS」
マンガ特集やってた。
年末にマンガ関連のムックや特集が組まれまくったところなので、選者の苦労がしのばれる。
そんな中、「にんしんゲーム天国」を推してきたブルボン小林の戦略的セレクトがすごい。
題材の知識を取っ払っても面白いはずという解説。誰も傷つけない!
あと、長編漫画のあらすじ企画は非常に助かるのだけど、作るの大変そうだなと思った。



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