« いまさらの干支もの | トップページ | 阿修羅ファンタジー »

シルクロードの果ての果て

「日本遊戯史」(増川宏一)
史料で確認される日本の遊び、玩具についてほぼ時系列で整理した資料本。

前作の「盤上遊戯の世界史」が、シルクロード周辺の遺跡で発掘された盤や駒という点の情報を集めたものだったのに対して、
文字や絵の「遊んだ」記録のまとめになっている。
「日本遊戯史」のほうが新しい(6世紀以降の)年代を扱ってることもあるけど、歴史が継続してる地域だからか。

射的や競馬、菊合わせとかの技能比べや、儀式が遊戯になった例もあるけど、たいてい輸入というか伝播してきた遊びを取り入れている。
さすがユーラシアの端っこの国。シルクロードのおこぼれにあずかる。
囲碁も将棋も、トランプも花札も、源流は海の向こう。
遊びについて、日本人は発明をしてこなかったといえるのかも。
(源流を生み出したから絶対的にエライ、ということもでないけどね)

遊びの伝播は「対等じゃないと起こりにくい」そうで、海外文化がいいもんだから教えてやるよ、という上から目線では伝わらないのだとか。
(明治初期に入ってきた「西欧では有名な遊び」の一部が日本で定着しなかったのはそのせいという)
(朝鮮半島で「明治天皇の肖像入り花札」を流行させるのは意図が見え見えだね)

でも、将棋や碁も「技芸」として達人が権力者に保護されるとか、制度に組み込んで価値体系に仕上げるのは、島国らしい(大陸よりはずっと)安定した社会構成のおかげ。
茶道といっしょで、室町~江戸初期に遊びにも価値体系ができたようだ。

輸入品をアレンジして定着させる。これ遊戯に限らない日本の得意技だね。


あと、洋の東西は問わないんだけどギャンブルだから流行る、楽しまれる事例の多いこと。
連歌からしりとりのような遊びになり、果ては一文字を使った当てもの、くじになる。
遊びの内容よりギャンブルの刺激でドライブするのな。

でも絵双六は独自に発達してる。絵物語に沿ってサイコロでの進行を楽しむ……。
これって「日本で(だけ)人生ゲームが今でも人気」に通じることか。

いまのパチンコ、スロットは、ギャンブルと絵物語が合体してる。人気遊戯になるべくしてなってるのかも。


などなどの情報整理によって、
遊びは場所や文化や立場を超えて浸透する、超社会な存在ではないか、という壮大な気分になれる本。面白かった。

以下、そのほかに読んだもの。

「特攻の島」4巻(佐藤秀峰)
おじけてたイチモツがようやく立ったというのにブチ込む先がなかったり、貞操帯に阻まれたり。
挙句は下着姿のままで液漏れ!
(イメージでのあらすじ)


「グラゼニ」4巻(森高夕次、アダチケイジ)
一勝、一球への執念と、怪我しないペース配分を使い分けるプロたち。
年間での、一生での勝負どころを考えてる。
仕事の漫画であり、モーニングっぽいのではないか。


「マンガ世界の偉人 ガウディ」
現存する仕事の成果物からしていかにも奇人そうなのに、まともな天才クリエイターだったんだなぁ。
見える、描けるからそう作っちゃうという。客にも恵まれてひねくれなくて済んだのかも。
カタルーニャ偉大なり!


|
|

« いまさらの干支もの | トップページ | 阿修羅ファンタジー »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/512135/44759776

この記事へのトラックバック一覧です: シルクロードの果ての果て:

« いまさらの干支もの | トップページ | 阿修羅ファンタジー »