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事件は本の中で起きているんだ「人狼村」ゲームブックでは

リアル脱出ゲームは参加したことないんだけど、ゲームブックになっていたので読む。

本体とは別に捜査メモを書き込む用紙や地図が入っている。
昔からあるゲームブックらしい作りなんだけど、
この別体のアイテムを使うシステムを突き詰めると、
いまや立体物が付録に付けられるご時世なわけで、
いかがなものか……
……なんて思って読み始めたんだけど、ちゃんと理由というか、使い道があっての別体だった。
そして付属品どころか、全体の全力で謎を仕掛けてきて、
そのうえで「この村でなぜ」「謎がなぜ」というメタもちょっと含める。

なにをどう言ってもネタバレになるので、ここまで。


以下、ほかに読んだの。

「感性の限界」(高橋昌一郎)
限界シリーズ3部作の完結編。
理性的、知性的、合理的であるはずの人間が、どうしておかしな判断をしてしまうのか。
数字や周囲の空気や、そもそも遺伝子でも左右される「ちょうどいい」バランス感覚のズレを指摘してくる。
よくわからないけど、先を予想しておく、ってのがズレの原因なんだけど、その「考えすぎ」が人類の知性を進化させてきた(面もある)らしい。

読みやすいんだけど、実際の学説や実験をよく知らないと「わかった感性」で滑り読みしているだけなんだろうな。
それこそ感性の限界だ(ドヤ顔)。


「ミカドの肖像」(猪瀬直樹)
一定の価値、力、意味があるのに、直接はさわれないミカドのブランドについて。
さわれないのは恐れ多いからでもあるけど、なにしろ実体があるようで、ない。
いや、もちろんあるんだよ。ミカドですって対象は存在するんだけど、どこを指しても全体にはならない。
日本の神話を背負ったり、理想の日本家族を象ったり、日本そのものだったり、制度だったり、権力だったり。
イタリア人が描いた「肖像」が「ご真影」となったように、
時代の要請や為政者によって利用されることも含めている。
でかいな、ミカドの存在は。


「小田嶋隆のコラム道」(小田嶋隆)
コラムみち、でなくてコラムどう。「みち」だとコラムニスト半生記になってしまう。
「どう」だけに、技術的なことが書いてあるが、そのへんの文章読本のようなことでなくて、
いかにして書くこと、言うこと、もの申すことに自覚的であるべきか、ということ。
それができれば、文字数に収めてひらりと着地するテキスト芸は、習慣で身に付けられる(のかも)。


「乙嫁物語」(森薫)4巻
海辺の、裕福でもない家庭の双子の嫁入り。
いろいろ制約や決まりがあって、現代日本の視点だと窮屈そうなんだけど、その窮屈にも気づいてない。
そして、そのうえでのびのびと思いを馳せて恋をする。家族を思う。
絵の情報がたっぷりなんだけど、感情の直接表現がうるさくなくて、そっと出してくる。こういうの好き。


「キン肉マン」(ゆでたまご)38巻、39巻
二世はまともに読んでなかったんだけど、そのまんま続編なので買うことにした。
新キャラに旧キャラをぶつける「やり直し」演出が楽しい。
本筋だとありえないキワモノ対決になっている。本編にして外伝ぽい。


「コミックふるさと北海道」
「コミックいわて2」
北海道は安彦良和を目当てに買った。同時に「福岡」も出てるんだけど、そっちはまだ見送り。
ご当地漫画の先駆け、「いわて2」は、震災をはさんだ企画になっている。
あの「鳥取」よりはなんでか面白いんだよな、「いわて」。

それにしても田舎は素朴であったかい、ってノリばかりなので、
唐沢なをきの海獣漫画や吉田戦車の民話漫画みたいな地元ネタを増やしてほしいな~。




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