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「マジオチくん」が同人誌でも単行本でも面白かった

5月のコミティアでなんとなく手にした「激オチくん」が激面白かったので、単行本の「マジオチくん」を買ったのだった。
どっちでも面白かった。
歯を食いしばったクリーム色の妖精が、そこそこ受け身なんだけどヤケッパチ。
「ンーーーー!」としか言えない状況ってあるよね。

コミティアという場所で、事故的に、偶然知ったから面白いのかもと思ってたんだけど、
一般流通で待ち構えて買って読んでも面白かったことで、どこか安心した。

ずいぶん前からなんだろうけど、同人/商業って区分けはクオリティ上下の階層じゃなくて、流通の違いでしかないよね。
(流通してる現場に何かしらの特徴はあるとして…)


以下、ほかに読んだの。

「よいこのための吾妻ひでお」
編者はとり・みき。作者と編者の両方から回想解説が付いてる。対談じゃなくて、お互いに解説してるのがいい。
対面したらなんとなくすり合わせするかもしれないしね。
距離を保ちつつ、の交換日記のような。
絶滅しかけているギャグ漫画の保護のような編集。


「街場の文体論」(内田樹)
語法とかについてのテクニック本ではない。
思いを物質化したものが言葉でなく、まず言葉ありき、というロラン・バルトを受けて、
発話、作文した段階の書き手の状態や意思はどうなってるのか、というところまで踏み込んでいく。
誰にどう届けたいのか、という言葉の宇宙観まで話が及んでいる。
小田嶋隆「コラム道」に通じるけど、身体論が混じるのはウチダ先生らしい。


「ユリイカ増刊 平成仮面ライダー」
子ども向け番組の仮面をかぶって、時代に応じた正義や倫理の代表を務めねばならない平成ライダーについて。
絵にかいたような悪い奴ぶん殴ってればいい時代じゃないので、正義や暴力への自問は避けられない。
避けてもいいんだろうけど、それだと「大人が飽きる」「大人びたい子どもがあきれる」ことで、足場が不安定になったかもな。
バンダイは映像内容に大きくかかわってるはずなのだけど、そこへの取材や、そこからの言葉は出てこない。
言及はあるけど。
そこに(あまり)踏み込まずに神話的に扱うことも編集方針なんだろう。


「民俗のふるさと」(宮本常一)
1964年の本が文庫化されていた。
ムラ、町、都市ができていいく過程を例を出して説明している、教科書的な本。
求めてはいけないがドラマチックではないので、ぐいぐい興味持ってるテンションじゃないと重たい。
生業や産業で集団が自然に生まれて、土俗の風習や慣例がこなれていくんだけど、
集団の性質が変わるとアッサリと伝統が廃れていくことになる。
激しい変化に対応するには、法律でばっちり絡めていくことになり、それはそれで現場の集団感覚になじまない部分もあるんだろうなー。
わかりやすいけど、なじまない可能性がある。
別に現代的な問題でもなくて、いつの時代も起きていたことなんだな…。
今ある「ふるさと」「伝統」「昔は…」はいったいいつからなんだろうか、と。


「さらば雑司ヶ谷」(樋口毅宏)
現実の出来事や、映画漫画小説などの参照引用が多くてチクチクとリアルしている。
そういうベースのバイオレンスものかと思ってたら、通り越してバキのような超変人バトル展開で笑った。
あの講談社襲撃も雑司ヶ谷のババアが差し向けたものだった!
……というところで、水道橋博士が解説を寄せているのも納得。



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